回復可能な「飢餓」と回復不可能な「悪液質」

ガンの終末期に起こる栄養障害には、栄養を補給すれば回復する「飢餓」と、栄養を補給しても回復しない「悪液質」があります。以前は「飢餓状態」と「飢餓で感染症にかかった状態」、「悪液質」と「悪液質で感染症にかかった状態」の全てをひっくるめて悪液質と捉え、回復不可能と考えられていたのですが、そうではなかったのです。

日本では、悪液質を「栄養補給しても状態が改善しない栄養障害、あるいは利尿剤や穿刺[せんし]ドレナージ(細い管を差し込んで体液を抜くこと)などの治療をしても胸水や腹水、全身浮腫が改善しない状態」と臨床的に定義しています。

ただし欧米では、近年、ガン悪液質を「前悪液質(pre-cachexia:プレカヘキシア)」「悪液質(cachexia:カヘキシア)」「不可逆的悪液質(refractory cachexia:リフレクトリー・カヘキシア)」の3段階に分ける捉え方が提唱されていて、日本でいう悪液質は、最終段階の「不可逆的悪液質」に相当します。

「前悪液質」は、栄養を投与すればタンパク質の合成もできるし、体重も戻る状態です。ただ、身体の中にはずっと炎症があって、ジワジワとタンパク質が消費されているため、栄養を投与しないと悪い方向に向かってしまいます。

炎症というと、たとえば肺炎のように、細菌に感染して熱が出たり、腫れたり、赤くなったり、痛くなったりする状態、というイメージだと思います。けれども、炎症は細菌やウイルスに感染したときだけでなく、ケガやヤケドをしたときにも起こりますし、ガンや心筋梗塞などによって組織が障害された時にも起こります。

炎症とは、細胞が何らかの障害を受けたときに、代謝を制御するための液性因子であるサイトカインやホルモンが放出されることによって起こる反応であり、細菌などの異物や傷ついた細胞を排除するための作用なのです。

したがって、体内に慢性の“炎症”があると、タンパク質がサイトカインの原料として使われたり、細胞を修復するために使われたりして、ジワジワと消費されていくのです。

「悪液質」は、適切に栄養を投与すれば、まだ回復できる状態です。しかし、前悪液質に比べればガンが進行した状態であり、徐々に食事が摂れなくなっていきます。体重も減少して、とてもだるくなります。肝臓や腎臓の機能が低下して、老廃物をうまく処理できなくなり、筋肉に乳酸が溜まるためです。

また、肝機能や腎機能が低下すると、アミンというアンモニアに似た物質ができます。これが脳に入って神経細胞に作用することで、食欲不振や吐き気が起こったり、意識障害が起こったりします。脳には「血液脳関門(Blood Brain Barrier:BBB)というバリアがあるため、大多数の物質は脳に入れませんが、アミンはこの関門を潜(くぐ)り抜けて入ってしまうのです。

「不可逆的悪液質」は、細胞レベルでエネルギーが作れなくなった状態です。そのため、栄養を投与するとかえって身体の負担になってしまいます。

各段階の診断基準については まだ異論が多く、国際的な同意は得られていませんが、栄養管理を早期に開始することが重要だという点については、専門家の意見は一致しています。

また、ガン以外の病気によっても悪液質状態は生じるとされていて、2006年にワシントンで開かれたコンセンサス会議では、悪液質は「基礎疾患に関連して生ずる複合的代謝異常の症候群。脂肪量の減少の有無にかかわらず、筋肉質の減少を特徴とする。臨床症状として成人では体重減少、小児では成長障害がみられる」と定義されました。

要するに、代謝異常の状態であれば、それがガンによるものでなくても、悪液質と呼ぶわけです。そのため、悪液質の元となる病気には、ガンの他にも慢性心不全、COPD、慢性腎臓病、全身の感染症である敗血症などが挙げられます。また、筋肉量、すなわちタンパク質が減っていれば、脂肪が減らなくても悪液質とみなされます。というのは、太っているけれど筋肉量の減少した人がいることや、体液が溜まって身体がむくみ、体重が増加するケースなどがあるためです。

いずれにしても悪液質では、目指すところは栄養状態の改善ではなく、QOL(生活の質)の維持・向上です。この点が、栄養状態の改善を目指すそれ以前の段階、飢餓状態との大きな違いです。悪液質に至った人に対しては、過剰な栄養や水分を投与してQOLを悪化させることがないように、いっそう慎重な栄養管理が求められるのです。

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